昭和48年09月23日 秋の御霊祭り



 皆さま、おかげを頂きまして有難う御座います。何時も御霊のお祭りのときの実感ですけれども、もう朝からもう見る事聞く事、何かちょっと触れられると、有がた涙がこぼれる様に有り難い。訳が分からんのです。なぜこんなに有り難いのかね、けれどもやっぱり御霊様方の喜びが感応して来るのではなかろうかと思うんです。御霊の世界があるとか無いとか、御霊様の魂のいうなら行き所と言った様な事を、まあよく申します。
 私どもでも行った事が無いのですから、実際はね、それは本当な事は分かりません。分かりませんけれども、この感動は唯事ではないと思うのです。昨夜から、昨日はもう丁度田主丸の共励会で御座いましたから、先生方皆帰ってまいります。ほいで、食堂で信心話を始めて、私が十二時から何時もあの霊前に出て、今日のお祭りを受けられる御霊様方へのご挨拶をさして頂くのですけれども、もうお話をしだしましたら、丁度今朝の二時半までお話をした。
 若先生文雄先生、それからむつやの信司さん、それから嘉郎さん、それから麻生さん、私と。もう一生懸命にお話をさせて頂いた。ま今日の御霊様、是はあなた方に聞いて頂いておるのだけれども、実際は今日はこの話を御霊様が聞いておって下さるんだと。丁度二時半になりましたから、皆さん帰ってもらいましてから、それで今朝出ましたら、実にスムーズにおかげを頂いて、丁度終わりました時は三時半で御座いましたから、何時も此処へ出て参ります時間ですから、あの何時もの通り御用さして頂いた。
 ですからおかげで一睡もせずに、まあ、修行させて頂いた。本当に此のあいよかけよと言う事をお道では申しますけれども、神様と私共とが、あいよかけよで立ち行くと言う事はです、私共と御霊様との間にも矢張り同じ、言わば係わり合いというか、交流と言う物がなされるのが、お道の私は信心だと思うです。私共が助かる事はもうそのまま、御霊様、ご先祖も助かって下さる、と言う事なんだ。御霊様の助かりはまた、私共の助かりの上にもお繰り合わせが頂けれると言う訳であります。
 先日も、今日もお参りになっとられます、あのなんじゃったか、いしかきの中野さんという大変熱心なおじいさんがおられます。先日参って着てから、親先生この頃段々こうやって年を取らせて頂ますとね、魂の世界と言う事を、しきりに感じます。大体実際には、そん魂の世界があるのでしょうかという質問でした。次には、勧善懲悪なんて言う様な事を申しますがね、やっぱりその勧善懲悪と言う様な、そう言う様な事が、良い事をすれば良い報いがあり、悪い事をすりゃ、悪い報いがあるんだと。
 善を勧めて悪を懲しめると言う事なんだ。そげな事は大体、どういう見解を持ったら良いだろうかと言う様な質問がありました。中々そのお年寄りですけれども教学的なんです。沢山の書物を読まれる。そいでさあ、私も行った事はなかけん分からんばの、ち私は申しました。ね、けれどもね魂を清めると言う事はね、いうなら和賀心にならせて頂く事に私どもが精進すると言う事はね、もう此の現世で、実際におかげがこれに伴うて来るんだ。だからあの世の事は分からんけれども、ね。
 魂を清めて損ななかろうごたあるですばい、中野さんちゅうて話した事でした。もう事実そうなんです。私自身も分からん。如何にもあるごとその、それこそ見て来たように言いよるけれどもね、実際は分からんね、けれど、御霊様、例えば、心眼に御霊様を拝んだり、または御霊様のいろんな言い分を聞かせて頂いたり、こう言う様な事でも、こりゃなんか天地の親神様がいんちきしよんなさっとかもしれんと言った様な気すらする事はあるんです。ほんとにね、これまでは解っているけれども。
 これから先は解らんという世界が、信心の世界なんです。例えばそんなお取次をさせて頂いて、その翌日だったでしょうか、朝のご祈念に、あの、こう虹を頂いたね、その虹がなんともうはっきり、あれ虹は七色というでしょう。赤、黄な、緑というはっきりとしたその虹なんです。したらもう虹の美しさも神秘さもありませんですね。第一もう神秘性が無くなってしまうですね、虹というのはそのいうなら赤と青、黄な、七色の色がです、もう渾然として。
 それでもやはり、緑は緑、黄なは黄な、その継ぎ目がない程しのものだ。信心というのは、だからねはっきりと解ると言う事ではない。解らんのだけれども、何時とはなしに何とはなしに、心が和らいで来る。有難うなって来る。何時とはなしに全ての事がおかげになって来る。 全てのことが整うてくる。ね、ですから何とはなしに有り難いというのでなからなければ、ほんとの有り難いのじゃないと思う。これをもろたけん、ありがたか、それこそもう、きちっとしておる。
 それはあります、それをお願いすりゃおかげを受けます。けれどもその、何とはなしにおかげを頂いておる、と言う事がです、何とはなしに有り難いと、何時も思うておられると言う事が、私は信心だと思うんです。ですから皆さん、あの世があるやらないやら、神様の世界があるやらないやら、御霊の世界に、例えば仏教で説く様な地獄、極楽と言った様な、いうならば、地獄の苦しみ、または極楽の喜びと言った様な者が、あちらで味合えるか、味あえないかも解らんのだけれども、ね。
 もうとにかくこの世には魂を清まりに来ておるのだという、私は観念を植え付けるのが、宗教だと思うんです。此の世でそんなら例えば金光大神のお取次を頂いて、心が清まる心が清まれば心も豊かに大きゆうなる。心が清まれば何とはなしに有り難い。所謂是が和賀心であろうかと、自分で自分の心を拝みたい様な心も育って来る。所がその心におかげはあると仰る事だけは絶対であり、間違いがないのだと言うのですからね。
 此の世でならいくら磨いとったちゃ、ほんに磨き損になったちゅう事は決してないのですから、皆さん本気で磨かにゃいけんと言う事になるのです。昨日一昨日でしたか、福岡の大森さんというご夫人が、もう椛目から、の時代からお参りに、もう十何年になりましょうか。もう本当に実に良くおかげを受けられる。最近は家庭にちょっとした難儀な問題がありますから、毎日日参をなさる。もうこういうふんなら、御教えと言う物は、もう例えば十五年なら十五年。
 合楽にご縁を頂いておられるとすんならば、その参って来るたんびんに、お話はいただいとった。してはあ、成程成る程、有り難いな有り難いなとは思うて段々、耳も肥えて来た。けれども親先生恥ずかしい話ですけれども、ここ幾日かね此処幾日か、あの信心とは親先生が教えて下さる事を行じなければ信心ではないと言う事が分かりました。はあ素晴らしい悟りですよと、素晴らしい開眼ですなぁと言うた事だった。
 言うてから私はです、ふなら果して、是だけ沢山の合楽に、ご信者がおられますけれどもです、信心とは、本心の玉を磨くものぞやと言う事は、是がもう、それこそ、たこのでけるごと頂いておるけれども、果してそこに焦点を置いておる人が、幾人あるだろうかとね。そりゃなら大森さんの事いや、そう言う事教えを守るとか行ずるとか、親先生の仰る事に、素直になると言う様な事に、無くてもですなら、おかげだけは、十何年間頂く続けて来たんだと言う事。
 だから是で一生終わる人がどの位あるか分からない。翻然として毎日お参りをさせて頂く様になってからね、初めて教えは行ずるものだ、身に血に肉になって行かなければ、信心ではないんだ。その事が本心の玉を磨く事だと言う事をですね、十何年ぶりに分かったと。ですからね、お参りをするお取次を頂く、昨日あちらのなんていうですか、大木からお参りしておる、時々参って来る娘さんが月に何回か参って来る。
 その方が丁度午後の奉仕の時にお参りして来て、体に五つも病気があった。もう医者でも薬でもどうにもでけんというのを、娘がお参りして来る、あの導かれてお参りをしてね、何回かお参りをさして頂いた。もうそして三年ぐらいか、四年になるでしょう。それこそもう、それこそもうすっきりおかげを頂いた。何時の間にあれだけの病気がおかげを頂いたか分からん、もう本当にこの神様は新たなお神様ですから忘れはしません、毎日こちらを向いて拝みよりますとこう言う。
 だから、そういうおかげは、もう私が二十何年間此処で、お取次させて頂いてから、どれだけ沢山の人が、頂いたかもしれない。そこまでなら、いやお参りをして来ておっても、矢張りそこまでで止まっておる人が、どの位おるかも分からん。信心とはもうギリギリ、本心の玉を磨く事だと分からして頂いてね、して見ると大森さん、今あんたが感じておるところの、難儀と言う物のおかげで、毎日お日参りもでけりゃ、そういう素晴らしい事の開眼がでけた。
 して見ると、その事に対して、お礼を言わなければおられませんね、というてお話をした事です。今朝のご理解に、神は打ち向かう倍力の徳を授けるという御神訓の基づいて御教えを頂いた。神は打ち向かう倍力の徳を授ける。一生懸命お参りをして来る事も、一生懸命拝む事もね、矢張り神様に打ち向かう事でありますけれども、本当の意味で神様へ打ち向かうと言う事はどう言う事か。今朝からお話の中にね、例えば夕べ私が丁度今朝の二時半まで先生方にお話をした事をです。
 御霊様がそれをもういちいち合点しながら、それを聞いて下さってね、その喜びで又今日のお祭りを受けられる事になった。例えば仏教ではお釈迦様がお説きになった事、又は実行されたことなどが、そのままあの膨大な経典になっておるのである。言うならば此処で言うならば、御理解集である。キリスト教のバイブルもやっぱりおなし事であるね、キリストの言われたり行われたりした事が、お話なさった事が、そのまま聖書としてみなが尊んでるのである。
 ですから此処で私がお話をさせて頂いておる御理解というのが、御神意であり神様のお心であり、いうならば心の糧であり、心を愈々美しゅうする事の為の、改まらせて頂く事の為のお話なのですから、あれはそんならお経と同じ事である。ですから御霊様の前で、天津祝詞やら、祖先賛辞も有り難いけれどもね、矢張り今日頂いて帰った、ご理解を御霊様の前でお話をする。又はおかげの泉なら、おかげの泉をです、あの御霊様の前で読み上げさせて頂いたら、御霊様が、もっと素晴らしく喜ばれるだろう。
 御霊様も一緒に心を開いて下さるだろう、というてあのお話をした。したら今朝から、あの桜井先生が、あのその事を聞いてから、親先生早速あの、おかげの泉四十八号をですね、御霊様の前で朗読させて頂いた。読ませて頂いた。そしたらもうもう、何処から湧いて来るか分からん、感動がね起こって来て、御霊様が喜んで下さってあるなと思いましたというのです。御霊様が成程姿もない形も見えない。
 疑えばそれこそ限りがないのです。又事実なら私共もです、行った事が無いから事実は分からんのですけれども、たまたま御霊様の働きの御様子とかね、それをお夢に頂いたり、御心眼に頂いたりして神様ちゃ間違いがない、神の実在も御霊様の、又はお働きも信じん訳にはいけない様に、是でもか是でもかと下さるんですけれども、それとても厳密に言うてですね、矢張り漠然としたものです。
 信心して徳を受ける、信心して力を受けるね、それはあの世に持って行け、この世に残して置けると言われるが、ならあの世に持って行けれなく、又はこの世に残して置く事がでけないにしてもです、なら是が徳であろうか、是が力であろうかという徳を受けた方たちの場合には、その周辺にそれこそ有り難いおかげが一杯集まって来るでしょう。だからそれだけでも有り難いじゃないですか。
 残して置けれるかどうか分からん、あの世にもって行くかどうか分からん。分からんけれども、信心をさして頂く事によって、心が所謂清まって来る、豊かになって来るね、私は今朝のご理解にね、神は向こう倍力の徳を授ける、と仰る事はね、私共も心が愈々、都度都度に愈々豊かに大きくなって行く事だね、だから愈々豊かに大きくなって行く稽古をさして頂かにゃいけん。
 今朝も特別奉修委員の方達の御祈念をさしてもらっておった。そしたらスイカを、七夕さんにお供えする様なねスイカをね、スイカを大きくこう半月方に切ったスイカを頂いた。ははあー、修行だなと、スイカは修行と仰る。そしたら段々私の心眼にそれがね、あのかぼちゃに変わって行く所を頂いた。ぼうぶらです。ですから私共の修行の焦点と云う物がです、神様へ打ち向かう所の焦点と言う物がですね、愈々馬鹿になるあほになる稽古と言う事は、愈々豊かに大きくなる稽古だと言う事なんだ。
 神様へ打ち向かう、参って来る事も、一生懸命拝む事も、打ち向かう事になりましょう。ね、又おかげも頂きましょう。けれども、いよいよ間違いない倍力の徳を授ける、倍力の力を授けて下さる、と言う様な私は信心はです、私どもが、いよいよ神様に喜んで頂ける心、それは、いよいよ豊かな大きな心いうならば和賀心、いうならば、馬鹿と阿呆の心ね、そういう心にならせて頂く事に、焦点を置いて、の神様への向かう事であったら、神様が向かう倍力の徳をさ付けて下さるだろうと。
 いうて今朝話して頂いた後に、そん特別奉修委員の方達の場合ですね、所謂スイカがかぼちゃになって行く事を頂いて、お互いが修行をしておる、なにがなし、けれどもその修行の焦点と言う物がです、いよいよ心が豊かに大きくなって行く事を願っての修行、どうぞ豊かに成らせて下さい、大きく成らせて下さいという、修行をそこに焦点を置くと云う事がですね、神様へ打ち向かう、最高の向かい方であると言う事を、今日は特別奉修委員の方に聞いて頂いた事です。
 そして徳を受け力を受けさせてもらって、なら此の世で実際感じると言う事は、どう言う事かというとね、私は十八、あなたは二十かね、死んでも命がある様に、使うて減らぬ金百両という、おかげが受けられるのが、信心の徳であります。何時も若々しくしておれれる、所謂夫婦が長生きさして頂いて、しかも私は十八、あなた二十ぐらいな気持ちで過ごして行けれる心の若やぎ、心が若々しいね、死んでも命がある様に、私はねそれを信ずる事だと思う。力と言う事は、徳と言う事は。
 使うても使うても金百両、もう使うても使うても、今時百両では詰らんから、使うても使うても一億円と言う事になれば良い訳ね、何ぼ使うても、矢張りこれだけ一億円の徳を頂きゃ、何時も一億円がありね、一万円なら一万円がいつでもある。使うても使うてもね。それはそげんあったらさぞ良かろうと、いうならば笑い話の様な話ですけれども、信心はそれが頂けるのが信心だと思うですね、そげんいうたっちゃあなーた、死んでしもうとる、ちゅうけれどもです。
 とにかくですね、死んでも命がある様にと言う事は、こう言う事なんです。四、五日前でした。日田の綾部さんが、お参りして見えてから、親先生今朝からもうそりゃほんとに有り難い、有り難いというか怖いというか、お夢を頂きました。私が絞首刑になとっる。所が死なんげな。そいでこげん奴は、もう絞首刑にしたっちゃ死なんから、なら首を切ろち言う。そいで首を切られた所、こっちん皮だけがついちょる。こっちは切られち、それでも死んどらんげなね、そういうお夢を頂いた。
 それがね、死んでも命がある様にと言う事はそう言う事なんですよ。そしたらですその続きの様にして頂かれたのがですね、先日亡くなられた野口さんが、もう生き生きとした、もう喜び一杯の格好で何か買い物籠の様な物を持って、綾部さん綾部さん、もう合楽の御霊様のお祭りが近付ましたがちゅて言われた。はあほんにもう御霊様のお祭りが近付ましたね、と言うて目が覚めた。いうならばです死んでも命がある様にと言う事はです、野口さんのそのそれがそうなんです。死んでも命があるじゃないですか。
 死んでも子供の為に、一番無信心な娘ん所に、あんたが無信心だから、私はあんたん事が一番気になっていっとる。あちらに行ったらね、例えばまあ言葉じゃちょっと違いますけれどね、例えば、私は一万円なら一万円の金をもっとる。けれどもあちらでは、百円あれば立ち行くんだ。あちらではけれども余っただけは、この次にあんたん床に持って来てやるばいち言わっしゃった。お徳の事ですね、あるやらないやら分からんけれども、矢張り成程それがお徳だなと、言う事を思わん訳にはいけんのです。
 もうこれは御霊、あの亡くなられてから、まだ五十日ありませんけどもね、その間に信者の内に、または御自分あの、ご親戚の方達の上にですもうそれこそ、もう御霊が助かっとるとはこういう姿じゃろうかと言う様な、素晴らしい格好でね、その色々と指示なさる。分からんとこがあると教えなさる。成程あの世に持っていけるかどうか分からんけれども、その事実を見る時にです、こりゃ矢張り持って行けるな、其処でなら野口さんがどういう信心をしておられたかと言う事を、皆さんが思われると良いのです。
 もうとにかく田中さん、中村さん毎朝朝の御祈念に参ってから一緒に帰る。もうとにかく中村さん、もう親先生の御健康と、合楽教会大発展を願うてさえおきゃ、自分の事なんか願わんでん良かばい、これが口癖であったね、そういう信心なのである。先日から昨日麻生さんが、二十一日の福岡の共励会で、合楽教会大発展と言う事がこの頃しきりに言われるが、その内容に付いての信心研修があった。一人一人が発表した。麻生さん昨日何かんその事を話せと言われたから、こう言う風に話しましたんですが。
 是で良いのでしょうかと、さあ是はあまりにも大きな、そのいうならテーマですから、それは中々難しいんだけれどもね。私の例えば信心の、なら過去の信心を聞いて頂こうかというて、聞いてもらった。あちらから引き揚げて帰って来て、私が親教会に毎朝お参りをする時には、もう私と親先生と親奥様と三人だった。御祈念がお月次祭には二三人であった。だからお装束ももうお付けになずに、御結界からただお話をなさるだけであったね、だからせめて月次祭には。
 説教台を出してお装束を付けて下さって、そしてお話をして頂きたい、あのお説教、あの聞かせて頂きたいという、その思いが段々燃えて来た。もう帰ってからすぐの事。そこで昔の御信者さん、もういわゆる終戦直後ですから、もう神も仏もあるものかという時代なのですから。それでもうその新しい方、又は昔のご信者さん方のうちを回って、ずっとその信心の話をして回った。
 私があちらにもうお月次祭なんかにお参りせんごとなる迄に、丁度六十足の下駄を数える位な所までおかげを頂いた。ですからもうお参りをして、あのお月次祭の後にね、一番口にあの下駄を見に行くんです。はぁ今日は何足もうそれがもう有難うして有難うして応えん。月次祭にはしゃっち参っとかにゃ、参らんにゃ参る約束する。そすと愈々月次祭の日になると、忘れとるかも知れんからと思うて、また回る。
 だからもう私に対してでも、参らにゃおられんごたふう、それが月次祭たんびんに、何名かの人達が増えて行く。御本部参拝もやっぱり月、あの五,六十名ぐらいに最高はありました。その当時ね、だから先生もうお説教台を出して、お話をして下さる様になった。けれどもそん時のなら三井教会の大発展をま、祈った訳ですけれども、どこの教会に負けちゃならん、もうただ三井教会が発展さえすれば良い、もう実にただそういう意味であったね、それでも矢張り神様は、私におかげ下さった。
 今の合楽でいう合楽教会大発展というのは、そう言う物ではない。私が二十数年前にね、三井教会、親教会大発展を祈ったり願ったり、なら祈っておるならば、願っておるならば、お初穂だけに、ただ親教会のね、合楽教会大発展と書いただけじゃ詰らん、願うとるだけじゃ詰らん。例えていうならば、表に入って来たらタバコの吸殻が落ちておる。はぁ心ない人達が、と言うてそれを拾うぐらいな気持ちになりなさいね、もうそれこそ下駄が乱れておるなら、正すぐらいな気持ちになりなさい。
 是は、教会愛がそうなさしめるのだ、教会、合楽教会大発展と言う事は、勿論金光教の発展に繋がらなければならないけれども、いうならば全世界に和賀心時代を創ろうという大きな運動に繋がる事なんだ。合楽教会大発展というのはそういう麻生さん、内容のものに段々なって行かなければ、いけんのじゃないだろうか、と言うて話した事ですね、私は昨日、教祖のみ教えの中に、難はみかげという御教えがありますが、それを又愈々裏付ける様な体験を頂きました。
 昨日四時丁度十分ぐらい前でした。丁度松栄会の方達がお宮と霊舎のお掃除をなさいます。お祭り前にだからそのに見えたというね、だからちょっと待って下さい、四時の御祈念をさして貰うわんならんからというてと待っておる所に。今日あの皆で玉串を上げました福岡の後藤さんという、おじいちゃんとおばあちゃんと子供と親子四人で参拝をして来た。して小さいお遺骨を持って来たね、一年四ヶ月で亡くなった。
 しかもテレビラジオで放送がありましたから皆さんも御承知でしょうけれども、バケツの中に首突っ込んで亡くなったね、所謂水難である。本当に年寄りが傍ではお裁縫しよんなさったね、年寄りがおりお母さんがおって、本当にお母さんの不注意で、年寄りがおってから、本当にこう言う事んなってからというて、嘆き悲しみはもうそれこそ、あの目も当てられん様に悲しんであった。
 せめてああしておんぶして参りよった子供だから、改式のおかげを頂いて、こちらに御祭りをして頂いてという願があっておったけれども、御主人が信心が無いもんですから、まあ、今まで長うなったけれども、愈々明日は御霊のお祭りだから、合碑祭をして頂きたいというてお参りをして来た。だから四時の御祈念に合わせて、所謂合碑祭、此処に一緒にお祭りをする、納骨のお祭りから、それから合碑のお祭りを形だけではあるけれどもさして頂いた。ね、そして私、納骨室の前に参りましたらね。
 あの沢山ご遺骨がこうやって、だから一番新しい御霊様を一番正面の真ん中に置いてあるんです、玉串案の上に置いてある。それが無いですもん。それが私、もう野口さんの御遺骨とばっかり思うておったんです。ないから、久富先生にあの、末永先生に聞かせて、聞いたら、そのさっきからあの、原紋太さんの、原紋太の御霊ちゅうちから、野口さんのお遺骨にあんた、原紋太さんの名前どん書いてから、そしてから何処さんかやっとる。隅の方へやっとる訳です。
 そしてこれ空いてる訳なんですね、勘違いちゃ、ほんなこつほいで私が、あのやかましい末永さんおごったんです。したらおごられてしもうちかたら言うもんじゃけん、それがあの頭掻き掻き言うんですよ。あの野口さんの御遺骨は、まだ五十日祭が済んどらんけん、来とらんとじゃないですか、ち。あらーほんなこつそうじゃったと思うて、してみると矢張り原紋太さんのお遺骨じゃき、間違うとらじゃった訳。
 けれどもそん横さんやっとる事が私がもう気にくわじゃった訳。次のお遺骨、それが今日のこのお祭りをするので、あのお遺骨の室も全部出してからあそこ清めた。そん時に片付けたとこう言うのです。
  (テープの内容が同じところを繰り返しているので削除した)
 だから末永先生がしたとが、ほんとの事なんだけれども、勘違いですね。もうおごってから、もうどこに持って行き様もなかごとたある感じでしたけれども、愈々お遺骨を納めて御祈念をさせて頂く時にです、本当に私は感動した。というのはね、所謂一年四ヶ月の小さい御霊、その魂のね、所謂その御霊様のね、御座を作ったと神様が仰るんですよ。私はもう本当にあの驚きましたね、ほりゃもう本当に私が拝む御霊様です。
 それはねもうそれこそ帯をしたいけれど帯すら持たない、食べたいけれど食がない、飲みたいけれども水一杯すら、許されない御霊が沢山ある。衣を持っておる、その座を持っておるなんて言う様な御霊はが沢山おるのですよ。それにねもう金光大神のお取次によって、今日はおばあさんとおじいさんとお母さんとがです、今日は合碑祭をして頂きたいと言うて、福岡でやって来よるから、神様がこの御霊様をこちらへやって、もうその座を作っておって下さる。
 私はその働きをです、感じてから、本当に信心させて頂いてね、信心させて頂いて、目に見えるおかげよりも、目に見えないおかげが多いと仰せられるが、こういう働きがどのくらいあっておるか分からん、お互いの上にもね、そういう感動で神様に私は、あのお届けをさせてもらい、御霊様の合碑のお祭りをさせてもろうた。御神前に出らせて頂いたら、もう水色のね、あの本当の水色の朝顔が一杯咲いとる所を頂いたね、朝顔の露よりもろき人間の寿命、命の事を言う訳ですね。
 本当に人間という者は、もう本当に露よりももろい、あっという間にですね、あの世この世の境と云う物は、本当に露よりももろいのだと。しかもその水色の朝顔と言う事はですね、ご理解に頂きますとね、水色と言う事は水によって命を、所謂水難のおかげ、ですから一年四ヶ月の命と云う物は寿命、おばあちゃんが側で見ておってもです、だから矢張り水の、水によって命を奪われる様な事になる、そういう寿命をね、神様から頂いて来ちゃるんです。
 そこで私が、皆さんに申しましたんですけれどもね、おばあちゃんが、本当に年寄りがおってからこう言う事になってと、お母さんが私のごたある、本当に不注意はこういう悲しい事になって、と言うて悲しんでおったんではです、神様に対する所のお粗末御無礼と言う事になる。それこそ私がその改めて分かったと言う事は、難あって難はみかげと教祖が仰る。四神さまは難あって喜べと仰る。
 なぜ喜ばねばならないか。なぜそれを有り難いと思わなければならないか、是はね神様が、例えば叩きなさった後には、必ずもじょもじょなさる。神様がね難儀な事があったら次にはね、それも例えば死ぬ生きるの事なんか、もうとうても、やっぱり死ななければならないのだけれども、後を遺族の為にです、遺族の者の悲しみのそれをいうならば、この補うて下さる。痛い所を擦って下さる様に、そういう働きが必ずあるんだと言う事をですね、あのうち此処辺りではいどらの葉というですが。
 あれは学名は帰去来というね、がめの葉饅頭というがあるでしょう。あの、あの帰去来のねが一杯こうしこって、もう葉が落ちてしまって、先の方へ三枚ばっかり葉が付いとるとこを頂いた。いうなら茨の道というでしょうこの茨の道の向こうにはね、その饅頭を包む様な働きが、絶対にあるんだという、饅頭と言う事は万の寿と頂いたらいいでしょう。それを包むものね、そういう私共がそんならもうもう願ってたまらん、願ってやまないと言う様な物をです。
 いうなら称えた後にはそういう難の次には下さる働きが、あっておるのである。けれどもそういう働きがあっておるけれども、それを例えばなら、本当に年寄りがおって、こんな不注意な事になって、親がおって、親の不注意であったというて、本当にただ御霊様にすまん、済まんと言う様な、例えば事であっては、御霊様が助からない。それではいうならば、おかげにならん。もう大分長くなりますからね。いうなら葉が落ちてしまって、後まだ三つ残っておると言う所がです、おかげを頂いて良かったね。
 今日合碑祭が出けて良かったね、さあ是からは、悲しい涙じゃなかばい、本当に済まじゃったという涙じゃなかばい、あれはあんたの寿命であった。けれどもねあの時には、それこそ目の前が真っ黒んなる様に思うたけれども、あれからおばあちゃんの信心が、私の信心がこの様に進展して有り難い信心生活に入らせて頂いたと言う事に、そういう受け方、頂き方が出ける時にね、この饅頭のおかげを確かに受け止める事が出ける。是は合楽のいうならば歩みと言う物を、皆さんが振り返って考えて下さると良い訳です。
 合楽で困った事が起きた、難儀な問題が起きた血の涙の出る様な歯がゆい事があるけれども、それをそんなら一切をね成り行きを大事にしながら、それを頂いて行くという生き方であれば、合楽はその都度に、饅頭のおかげを頂いて来た様なものなんです。昨日そういう後藤さん所の小さいあの霊神様のね、そう言う事を教えてくださった。成程難はみかげという、難あって喜べと言う事なぜ喜ばねば成らないか、と言う事が分かった。成程難はみかげであると言う事が分かった。
 それを頂か無ければです、神様がなぜなぜして下さろうとする時に要らんとこう言うのと同じ事ですから、神様も悲しい、私どもも悲しい事になるのですね、その前日二十一日は、親教会の御霊さんのお祭りで御座いました。だから私と若先生と幹三郎と三人でおかげを頂いた。帰らせて頂いたら、久留米の井上さんが待っておられた。丁度此処にはまあ何回かぐらいしかお参りにはならなかったけれども、遠いご親戚なんです。井上よしえさん、というおばあちゃんね。所が子供がない。
 そこで取り子取り嫁というですかね、そういうあの事で亡くなられたですが、亡くなられる時にか、亡くなられる前か知らんけれども、私が亡くなったら合楽の親先生にこうして御迷惑かけとるから、これこれだけのお初穂、お金は沢山持っておられる。もう亡くなる前の日まで、宝石やら買ってから、こうはめられた。さ着物を買って来んの、帯を買うて来んのというてその、されたと言う様な方なんです。ですから一面、その子供達に対してのその愛情も無いですけれど、何とはなしになんて言うかね。
 我情我欲がつっぱったなりに亡くなられたという感じなんです。ですから向こうに言うても子供たちや、もうそのとにかく反対、御霊様が喜びなさるまいと言う様な、あの事を言うたりしたりするから、もう是は私がもう遠い縁の方ではあるけれども、子供の時分に大変可愛がってもろうたおばあちゃんだから、こりゃ私がお祭りをさして頂こうというて、十日十日の御祭りを此処で、様々なお供え物も整えてあのお参りして、あの十日祭二十日祭、続けておられた。
 所が昨日一昨日が丁度五十日に当たる。所がどういうもんか、もう気分が全然優れん。はあありがほんとに自分の、自分のまあもっと血の濃い人かなんかならね、否応なしにさせて頂くんじゃろうけれども、しかしこげな事で信心さして貰いよってから、こげなこっちゃいかんと思うて、御神前にぬかずかしてもろうて、心のお繰り合わせを願うておった。そして御祈念を終わらして頂いたけれども、心がさっぱりしない。
 どうもいうならお供え物を買いに行くごつもなか。合楽にそん行ってお祭りしてもらうと言う気持ちも起こって来ない。だからこう言う所をね私はあの日頃信心さして頂く者は、こりゃ心が神様に向かわない時には、一つのそういう修行をさしてもらわにゃいかんです。神様の方へ一生懸命打ち向かわにゃ、それではおかげは受けられんのだから、そして神様のお礼を済まして、お玄関まで出てきた所が、野口さんの五十日祭のご案内のお手紙が来ておった。
 もうそれを見た途端にね、もう電気に打たれる思いじゃったち。本当に野口さんはね、皆沢山の子供さんがおって、皆信心をなさってね、本当に子供がおるならこういうお祭りもでけれようけれども、信心が子供さん達があんなさらんから、こりゃやっぱり私がさせてもらわにゃ、と言う気持ちになったら、もう今度は有難うして、有難うして応えん気持ちで、お供え物買って此処へ参って来た。参って来た所ががっかりした、私がおらじゃったもんじゃけん。
 はぁこりゃ自分がほんに間違うとったじゃろうか、と思うておる所に、私が帰って来て、はぁとまあ手をたたかんばかりに喜ばれた。して実は今日は、あの井上の五十日祭ですからというてですね、あの丁度四時前十分でしたから、なら四時の御祈念に合わせてから、と言うてさせて頂いた。そしたらまあ、誰でも同じですけれども、生前そう言う風ならば、我情我欲で一杯であったその御霊様がね、その縁に繋がる縁の遠い人、井上峰子さんのその御祭りをね、受けるときだけはね、欲も徳もなくなる、て。
 どんなに強情、強悪、強欲の人であっても、本当に人間のその善意に触れたときにです、もうそこその時に欲も徳もなくなる。その欲も徳も無くなる時に、助かる事が出来る。そうでしょうが皆さんでももうこの人には、やるとは惜しかばってん、この人んなら、もう欲も徳もなかごとしてやるごたあると言うでしょうが。それはなら井上峰子さんのその善意に、御霊様が触れられた訳なんです。ね、
 成程御霊様の世界があるやらないやらね、神様の世界があるやらないやらね、私の様にはっきり神界をこの目で拝ませて頂いて、教祖金光大神がもう厳然として、お取次を下さっておるお姿を拝ませて頂いておってすらもです、まだ漠然としておるんです実際をいうと。御霊様のそういういろんなお頼みを受けたり、いろんなあの、霊示に触れますけれどもです、それでも矢張り尚且つ、まだ漠然としておる、いうならば私は行った事無かけん、分からんと中野さんに言うた様にですね、
 けれどもね、けれどもそれは分からんのだけれども、教祖のみ教えを本気で行ずる事が信心だと言う事に成って来たら、何時の間にか心が豊かに大きゅうなって来た、心配になっておった事が心配で無くなって来た。イライラモヤモヤしておったのが、心が穏やかになって来た。そういう心におかげがあるのです。魂が清まれれば清まっただけ、おかげが頂けるのですから、それやら是やらは漠然としておっても、是だけは厳然とした事実なのですから、魂を清めると言う事は、そのように言わばなんというか。
 利害関係というですかね、おかげが厳然として、和賀心のおかげが付いて来るという、働きを頂くのですからね、そして成程こういう喜び、こういう有り難いものを持ってあの世にも持って行けるとするならですね、いうなら死も又悲しい事ではないんだと言う事も分かるし、是が又子孫にも残ると言う事実をですね、私共が漠然とながらでもすね、そう感じさせてもらう、そこに雨がこちらは降っておる、こちらはお天気がある、でお日照りだとその中に、いうならあの神秘的な虹の橋が架かる様にね。
 はっきりしなくても良いのだ、信心ははっきりした事は言えない。漠然としても良いから、信心が続けられて行き、信心とは本心の玉を磨くものだと言う所の焦点を置いてのです、神様へ打ち向かうならば、是なら倍力の徳を、力を授けて下さるんだとね、それが有り難いのだとね、そこからお互いの信心をもっともっと確かなものにして行かなければ、いけないと思うので御座います。御霊様の御祭りをさせて頂くたんびんにね、本当に何かにぷっと触れられると、涙がこぼれる。
 なんだこの涙は何の涙だろうか、と私は御霊様の御祭りをさせて頂くたんびんに思わしてもらう。成程是が御霊の喜びでなくてなんであろうか、是が神様が喜んで下さっておる姿だと言う物をです、自分の感じる喜びの中からま、感じておる程度で御座います。一つお互い、神様は向う倍力の徳を授けると、仰せられるのですからね、教祖様は親戚の誰彼が死んだぞ、親戚の者を連れのうて、お悔やみに行け、もうそれこそびっくりされただろうけれども、神様の仰せの通りにおい出られた。 
 向うに着いたら、当のご本人が出て見えられた。もうそん時には、それこそ穴でもあるなら、入りたい程しの思いをなさったのではなかろうかと思う。けれども神様はその事に対して、是は私の頂き違いとして受けておられる。あなたがしらごつばかり言いなさるもんじゃけん、私は本当恥ずかしい思いしましたよ、ちは言わん、言いなさらじゃった訳。そしたら神様が。
 もどしの風は十そう倍、もどしの風は十そう倍というて帰れと仰ったね。そう言う時なんです。もどしの風が、十そう倍の、倍力の力と言う事は、十そう倍にも二十そう倍にもうなる様な事も御座いましょうね、ですからその、こうしてああして理屈で分からなければ、と言う事はないと言う事ね、唯ただ神様の仰せには背かれんという純粋な信心を愈々続けさしてもろうて、おかげを頂いて行きたいと思います。
   どうぞ。
 いよいよ二十九日、教祖生誕祭が、御座今す。私何時も思うんですけども、生誕祭と、本当にもう教祖の御生誕あってこそ私共があるのです。そういう大事なお祭りなんです。所がその日は、あの敬親会、また年寄りの方達を皆お招きしてね、あれはどう言う事かというとね、教祖様が年寄りを大事にせよと仰せられるから、せめて教祖様が喜こんで下さる為にするんですよ。それにもう、生誕祭ちゃ、もう年寄りのお祭りのごと思うてから、参って来ない人が沢山あると言う事です。
 どうぞお弁当持ちで出て来て下さいね、勿論あの年寄りの方達にはこちらでお弁当がい蝋色出来ます。そして今年は福岡支部が担当で、あのあそこにポスターがでております様な、演芸のまあいうなら、奉納が御座います訳です。ですから皆、連れのうて、誘いおいうて、そしてその、おばあちゃん達が中央でこうやって拝みなさるなら、脇の方からでも良いじゃないですかね、そして教祖生誕祭の、いうならお祝いのお祭りに参拝さして頂きたいと思います。
   どうぞよろしゅう。